こんにちは。岸本葉織です。
見るたびに心が整い、自分らしさを思い出せるようなアートを描いています。

私にとってスピリチュアルアートとは、自分の内側の感覚に耳を澄ませ、本質の声に従って描く作品です。
そうして生まれた作品は、ズレや違和感に気づき、内面を整え、自分らしさを思い出していく力を持つものだと感じています。
「もっと自分を好きになりましょう」
「自分の良いところを書き出してみましょう」
そんなアドバイスを目にするたび、どこか責められているような、置いてけぼりにされているような気持ちになったことはありませんか?
自分を好きになれない。
そう思うこと自体が「いけないこと」のように感じて、無理に自分を褒めようとしてみる。
けれど、心の中では冷めた自分が「そんなの嘘だよ」とささやいている。
この記事は、そんな「自分を好きになろうと頑張るほど、苦しくなってしまう方」のために書きました。
結論からお伝えします。 今はまだ、自分を好きになろうとしなくて大丈夫です。
「好き」という感情の前に、もっと大切で、もっと優しい「自分との再会」のステップがあります。
この記事を読み終える頃には、自分を責める手の力がふっと抜け、本来のあなたの感覚を取り戻すための「静かな安心感」を感じていただけるはずです。
どうして「自分を好きになれない」と、こんなに苦しいのか

- 自分を好きになれない「孤独」の正体を知る
- 自己否定が加速する仕組み
- 内側の孤独感と向き合う
自分を好きになれない状態は、単に「自信がない」という言葉では片付けられないほど、切実で孤独なものです。
それは、自分の内側にいるもう一人の自分から、ずっと厳しい言葉を向けられているような苦しさがあるからです。
「自分を嫌いな自分」をさらに責めてしまう負のループ
「自分を好きにならなきゃ」と思えば思うほど、それができない今の自分を「ダメな人間だ」とジャッジしてしまいます。
この「自己否定を否定する」という二重の構造が、あなたから心の平安を奪っています。

かつての私は、「自分を好きになる」という言葉を聞くだけで、どこか遠い世界の話のように感じていました。
私は昔から、自分のことが好きではありませんでした。
気を使いすぎること、考えすぎること、人と話すのが苦手なこと。
特にずば抜けた才能があるわけでもなく、弱くて、怖がりで、いつも不安ばかりで、いろいろなことにうまく適応できない自分。
そんな自分に対して、ずっと「こんな私のどこを好きになればいいの?」と思っていました。
自分を好きだと言える人に出会うと、「え?ナルシストなの?」と思ってしまったり、「自分を好きってどういうこと?」と、疑うような目で見てしまったこともあります。
それくらい当時の私にとって、自分を好きになるという感覚は遠く、自分には関係のない世界の話のように感じていました。
周りが理解してくれない…と感じる孤独の正体
「どうして誰も私をわかってくれないの?」という孤独感は、実は外側ではなく、内側からやってくることがあります。
自分を嫌っているときは、自分自身が一番の「厳しい批判者」になってしまいます。そのため、他人の優しささえも素直に受け取れなくなることがあります。
「自分を好きになろう」とするほど違和感が強くなる理由

- 良い言葉をかけるほど苦しくなる理由
- 自己肯定感の「評価」に疲れるメカニズム
世の中にあふれる「自分を好きになるメソッド」。
それらを試して、かえって体調が悪くなったり、言いようのない不快感に襲われたりしたことはありませんか?
その違和感は、あなたの心が発している「正当な拒絶」かもしれません。
ハグマイセルフや自分を褒めるワークで違和感が出るのはなぜ?
心から「嫌いだ」と思っている相手に、いきなり「愛してる」と言われても、恐怖や嫌悪感を感じるのが自然な反応です。
それは自分自身に対しても同じです。

「大好きだよ」と言ってみても、心の中の私が冷めた目で「どこが好きなの?」と問いかけてくるんです。
私がスピリチュアルに興味を持ち始めた頃、ハートを開くためにも「自分を好きになることが大事」だと言われました。
そこで、教えてもらったハグマイセルフや、寝る前に自分を褒めるワークをしばらくやってみたことがあります。
言われた通りにやってみても、そこにあったのは違和感ばかりでした。
「大好きだよ」と言ってみても、どこか棒読みのようで、ただ言葉を口にしているだけという感じがして、鳥肌が立ったり、何とも言えない苦しさや嫌悪感が湧いてきたのです。
しかも「大好きだよ」と言いながら、心の中では「どこが?」「好きなところなんてある?」と、自分で自分にツッコミを入れていました。
それでも「きっと続ければ変わってくるはず」と思ってしばらく続けてみたのですが、違和感はまったく消えませんでした。
自己肯定感を上げようとして疲れてしまったあなたへ
自己肯定感という「評価」の指標で自分を測ろうとする限り、その戦いに終わりはありません。
無理にポジティブになろうとすることは、今の自分の感情を「なかったこと」にする行為でもあります。
自分を好きになれない原因は「性格」だけではなく、内側のSOSかもしれない

- 内側の「小さな自分」の存在に気づく
- 弱さを許せない背景にあるもの
あなたが自分を好きになれないのは、あなたの性格に問題があるからでも、努力が足りないからでもありません。
ただ、あなたの中にいる「小さな自分」の声が、あまりにも長く無視され続けてきた結果なのです。
怖がりな自分、弱い自分、なじめない自分を許せなかった
私たちは、社会に適応するために「強くて立派な自分」であろうとします。
その過程で、怖がったり、泣いたり、なじめなかったりする自分を「不都合なもの」として切り捨ててきました。
自分の中の「小さな自分」が発していた叫び
自分を嫌うという行為は、実はこれ以上傷つかないための「防衛反応」でもあります。
しかし、その奥では、あなたの助けを待っている存在がいます。

「自分を嫌う」ことで、他人から攻撃される前に自分を罰し、これ以上傷つくのを防ごうとしている場合もあります。
「好きになる」より先に必要な、理解・許し・受け入れるという段階

- 自分のSOSを拾い上げるプロセス
- 本当の味方になるということ
自分を好きになる(Like/Love)という高いハードルを一度横に置いてみましょう。
今、あなたに必要なのは、自分を「好きになること」ではなく、自分を「理解し、認めること」です。
自分のSOSに気づいた時、涙があふれた理由
理解の第一歩は、自分がどれほど過酷な状況で頑張ってきたかに「気づく」ことです。

自分の中にいる小さな子の存在を感じた時、今までどれほど過酷な言葉を自分にかけていたかに気づき、涙が止まりませんでした。
ある時、自分の中から声が聞こえたような出来事をきっかけに、私は「自分の中にいる、もう一人の自分」の存在を感じ始めました。
その存在をイメージすると、そこにいたのは小さいころの自分でした。
その子の姿が浮かんだ時、今までの見え方ががらりと変わりました。
それまで自分に向けていた言葉を、その子に向ける言葉として置き換えてみた瞬間、私はなんてひどいことをしてきたんだろう、という思いが一気にあふれてきたのです。
「なんで生まれてきたんだろう」
「生まれてこなきゃよかったのに」
そうやって自分に向けていた言葉は、
「あんたなんて生まれてこなきゃよかったのに」
と、その子に向かって言っていたのと同じことでした。
「助けて。つらい…苦しい…。痛いよ…」
そうやって助けを求めてきていたその子の声を、私はずっと無視してきました。
発せられていたSOSにも、まったく耳を傾けてこなかったのです。
「我慢して当たり前。あなたの意見なんか出さなくていい。閉じ込めておいて」
それもまた、その子に向けて言っていたのと変わらない言葉でした。
そう思った瞬間、涙があふれて止まらなくなりました。
こんなにも耐えて、こんなにも頑張ってきたのに、私はなんてひどい言葉を投げ続けていたんだろう、と。
この時はじめて、
「ごめんね。がんばってきたんだね」
という言葉が、心から自然に出てきました。
「そりゃ体も壊すよね…つらかったよね…」
そう思った時、私はごく自然に、自分を抱きしめていました。
この時のハグマイセルフは、今までのような違和感のあるものではなく、やっと本当に自分に触れられたような感覚でした。

自分を一番理解していなかったのは、自分自身だった
私たちは、周囲の環境や他人のせいで苦しいと思いがちですが、一番身近な味方であるはずの「自分」が、自分を一番厳しく裁いていることがあります。
私が体を壊し、もうこれ以上は本当に無理だと感じるところまで来ていた時、義母に自分の状態を説明したことがありました。
けれどその時、義母はそんな私を蔑むような目で見て、舌打ちをしました。
「ああ、この人はわかってくれないんだな」
そう思ったのと同時に、その時の目が、まるで「ゴミを見るような目」に感じられて、私はとても大きなショックを受けました。
それからしばらく、その時の光景が頭から離れませんでした。
怒りもありました。悲しみもありました。
「どうしてわかってくれないの」
「どうしてそんな目で見るの」
そんな思いが、ずっと心の中に残っていました。
けれどその後、強引にでもその環境を離れ、少しずつ回復していく中で、自分の中にいる小さな自分に気づいた時、ふと、まったく違う視点が開きました。
「ゴミを見るような目で見ていたのは、義母だけじゃなかった。私自身が、私をそんな目で見ていたんだ」
そう気づいたのです。
私は、自分の中の小さな自分を大切にするどころか、ずっと邪魔なもののように扱っていました。
弱い自分、怖がる自分、助けを求める自分を、「こんな自分じゃダメだ」と押し込めて、まるで価値のないもののように扱っていたのです。
「義母はわかってくれない」ではありませんでした。
私が、私自身をわかってあげていなかったのです。
そのことに気づいた瞬間、私は思わず笑ってしまいました。
そして、その後すぐに涙があふれてきました。
現実は内面の投影とは、まさにこのことなのかもしれない。
そう深く感じました。
もちろん、相手の態度を正当化するという意味ではありません。
けれど、その出来事を通して、私は自分が自分自身をどう扱っていたのかに気づかされたのです。
自分で自分を大事にしていなかったのに、誰かに大事にしてもらうことばかり求めていた。
自分で自分を理解していなかったのに、誰かに「わかってほしい」と嘆いていた。
そう思うと、どこかおかしくて、でも同時にとても切なくて、今までどれだけ自分を蔑ろにしてきたのかが、痛いほど身に染みた瞬間でした。
「自分を嫌いな自分」さえも、そっと手放していく
無理にポジティブになる必要はありません。
「自分を嫌っている自分」がいることを、ただ「ああ、そこにいるんだね」と眺めるだけでいいのです。
本来の自己感覚へ戻るために、今日からできる小さな一歩

- 「大好き」の前にできる中立的な受容
- 日常の小さな願いを叶える習慣
自分を好きになることがゴールではなく、本来の「ありのままの感覚」に戻っていく。
そのための歩みは、とても小さくて静かなものです。
鏡の中の自分に「大好き」と言えなくても大丈夫
まずは「大好き」ではなく「お疲れ様」や「そこにいていいよ」という、中立的な受容から始めてみましょう。
「ごめんね」と「ありがとう」から始まる自分との再会
今まで無視してきた自分の内側の声に対して、少しずつ耳を傾けていきます。
小さな願いを叶えることが、自分を取り戻す入口になる
大きな自己愛を目指す前に、まずは「今、何が飲みたい?」「今、どうしたい?」という小さな声を拾い上げること。

「チョコが食べたい」という小さな願いを叶えることから始めました。
自分を大切にするって、こういう小さな積み重ねなんです。
私は今までずっと、お小遣いもほとんど使わず、「いざという時のために」と貯めるばかりで、自分が欲しいものを買うことも、ずっと我慢してきました。
でも、自分の中にいる小さな自分に気づいてから、私はまず、その子の小さな願いを叶えていくことから始めました。
私と、私の中の小さな私との間にできてしまった溝を、少しずつでも埋めていきたいと思ったのです。
それまでの私は、あまりにも自分を放置しすぎていました。
自分が本当は何をしたいのか、どう思っているのか、何が好きなのか。
そんなことさえ、ほとんどわからなくなっていたのです。
だからこそ、いきなり「自分を大好きになる」ことを目指すのではなく、まずは小さな声を拾うことから始めました。
たとえば、
「チョコレートが食べたい」
そう思っても、今までならきっと、
「ないよ。買うの面倒だから、別に食べなくてもいいでしょ」
と、自分の願いをすぐに打ち消していたと思います。
でも、チョコレートが食べたいと思ったら、コンビニでもいいから少し寄ってみる。
今日はゆっくりお風呂に入りたいと思ったら、急がずに、ゆっくりお風呂に入ってみる。
疲れたと思ったら、無理をせず早めに寝る。
本当に、こんな小さなことでいいのです。
今までの私は、こんな小さな声さえも無視してきました。
でも少しずつ、
「うん、そうしてみよう」
と思えるようになっていきました。
そして、何かを選ぶ時も、今までなら「どっちでもいい」で終わらせていたところを、
「どっちにする?」
「どちらかというと、どっちの方が好き?」
と、心の中で自分に聞いてみるようにしました。
それは、大きな決断でなくてもいいのです。
飲み物を選ぶこと。
食べたいものを選ぶこと。
着たい服を選ぶこと。
そんな日常の小さな選択の中で、今まで押し殺してきた自分の意見を、少しずつ拾い直していきました。
以前の私なら、それはとても難しかったと思います。
でも「自分の中に小さな自分がいる」という視点で見ると、その子に話しかけるように、自分の気持ちを聞くことができました。
そうして小さな願いをひとつずつ叶えていくうちに、頑なだった私の中の小さな私も、少しずつ穏やかになっていったように感じます。
自分を好きになる前に、まず、自分の声を無視しないこと。
それだけで、自分との関係は少しずつ変わっていくのだと思います。
まとめ:自分を好きになれなくても、あなたはあなたのままでいい
- 無理に「好き」にならなくていい。
- まずは傷ついてきた自分を見つけて、理解してあげる。
- 小さな願いを叶えることが、自分との信頼回復になる。
最後に、もう一度お伝えします。
自分を好きになれなくても、あなたの価値は何一つ変わりません。
今、自分を好きになれないと感じていても、どうかそんな自分を責めないでください。
好きになれないのは、あなたが冷たい人だからでも、心が歪んでいるからでもありません。
それだけ長い間、自分の声を押し込め、怖さや苦しさを一人で抱えて、必死に生きてきたということなのだと思います。
いきなり自分を好きになろうとしなくて大丈夫です。
「大好き」と言えなくてもいい。
前向きになれなくてもいい。
まずは、あなたの中でずっと待っていた小さな自分に気づいてあげること。
「そこにいたんだね」
「今まで気づかなくてごめんね」
「ここまで頑張ってきてくれてありがとう」
そうやって、少しずつ声をかけてあげるだけでいいのです。
あなたは、好きになれた時だけ価値がある存在ではありません。
うまくできる時だけ、大切にされていい存在でもありません。
怖がる自分も、弱い自分も、泣きたい自分も、まだ自分を好きになれない自分も、すべてあなたの一部です。
そして、そのどの自分も、本当はずっと愛されることを待っていたのだと思います。
自分を好きになることを、急がなくて大丈夫です。
まずは、自分を見つけてあげること。
自分の小さな声を、ひとつずつ聞いてあげること。
その優しい積み重ねの先で、あなたはきっと、
「私は私でよかった」
と、静かに思い出していけるはずです。
よくある質問
Q:自分を好きになれない自分を、どうしても許せません。
A:そう感じるのは、あなたがそれだけ「良くなりたい」と願っているからです。
まずは「許せない自分」を許そうとせず、ただ「今はそう感じているんだね」と、一歩引いて眺めてあげるだけで十分ですよ。
そしてもし、「自分を好きになれない自分」や「そんな自分を許せない自分」に気づいたら、それすらも責めずに、そっと手放していく対象として見てあげてください。
Q:自分の声を聞こうとしても、何も聞こえてきません。
A:長く無視し続けてきた声は、最初はとても小さくなっています。
何も聞こえない時は、ただ静かに呼吸を感じるだけで大丈夫。
その「静かな時間」を作ること自体が、自分への何よりの贈り物になります。
窓を開けて新しい空気を吸い込むように、少しずつ、あなたとあなたの心が仲直りしていけますように。
自分を好きになれない日があっても大丈夫です。
まずは、そんな自分のそばに静かにいてあげることから始めてみてください。

















