こんにちは。岸本葉織です。
見るたびに心が整い、自分らしさを思い出せるようなアートを描いています。

私にとってスピリチュアルアートとは、自分の内側の感覚に耳を澄ませ、本質の声に従って描く作品です。
そうして生まれた作品は、ズレや違和感に気づき、内面を整え、自分らしさを思い出していく力を持つものだと感じています。
「頭の中がずっと忙しくて、休まらない」
「寝ようと思っても、不安や反省がループして止まらない」
「思考を止めようとすればするほど、余計に声が大きくなる……」
そんなふうに、自分の「思考」に振り回されて疲れてしまっていませんか?
実は、「思考を止める」とは、頭の中を無理やり空っぽにすることではありません。
本当のコツは、思考を消そうと躍起になることではなく、「自分だと思い込んでいた思考との一体化を解くこと」にあります。
この記事を読むことで、暴走する思考との付き合い方が分かり、本来のあなたが持っている穏やかさや直感、そして本質へ戻るためのヒントが見つかるはずです。
この記事では、「本質」という言葉を、これまでこのブログでお伝えしてきた「本来の自分」と近い意味で使っています。
1. なぜ「思考を止める」のはこんなに難しいのか?苦しさの正体

- 思考が止まらないのは脳の習性であること
- 苦しさの本当の原因「一体化」について
- 思考を自分だと思い込むリスク
頭の中の声が止まらないのは、あなたが弱いからでも、訓練が足りないからでもありません。
私たちの意識には「考え続ける」という習性があるからです。
1-1. ネガティブ思考が止まらない「一体化」という罠
私たちは無意識のうちに、頭に浮かんだ言葉を「自分の意見」や「自分そのもの」だと信じ込んでしまいます。
これが「一体化(同一化)」です。
例えば「また失敗するかも」という思考が浮かんだとき、それを自分自身のこととしてガッチリ受け止めてしまうと、心拍数が上がり、不安に飲み込まれてしまいます。
思考が苦しいのは、その内容そのものよりも、「思考=私」という強力な接着剤でくっついている状態だからなのです。
1-2. 考えすぎる人の共通点:思考を「自分」だと思い込むリスク
「考えすぎる」タイプの方は、非常に真面目で、物事を深く捉えられる方です。
しかし、自分を守ろうとする防衛本能(エゴ)が働くと、リスクを回避するために絶えず「思考のシミュレーション」を繰り返してしまいます。

かつての私は、不安を先回りして考えることで自分を守っているつもりでした。
でも実際には、思考に深く入り込みすぎて、自分をさらに苦しくさせていたんです。
私はかつて、誰よりも思考のループがひどかったのではないかと思うほど、頭の中が常に忙しい状態でした。
考えていない時間がほとんどなく、頭の中の隙間をすべて埋め尽くすように、不安や心配、後悔などのネガティブな思考が次々と湧いてきていました。
将来への不安、今日あった出来事の細かなひとつひとつ、誰かの言葉、自分の行動。
頭では「考えても答えが出ることではない」とわかっているのに、それでも考えずにはいられませんでした。
同じ出来事を何度も引っ張り出してきては、落ち込んだり、不安になったり、後悔したりする。
一度しまったはずなのに、しばらくするとまた同じことを思い出し、また苦しくなる。
そんなことを、何度も何度も繰り返していたように思います。
その頃の私は、気持ちがいつも不安定で、体も重たく、日常の中で心から明るい気持ちになることがほとんどありませんでした。
けれど当時は、最悪の事態まで深く考えておくことで、自分を守っているつもりでもありました。
先回りして不安を考えておけば、何か起きた時に傷つかずに済む。
そう思っていたのかもしれません。
でも今振り返ると、それは自分を守っているようで、実は思考の中に深く入り込み、自分自身をさらに苦しくさせていた状態だったのだと感じています。
第1章のポイント
思考を「自分自身」だと捉えてしまうと、感情が連動して苦しくなります。
まずは「思考は自分ではない」と知ることが大切です。
2. 思考を止める=「無になる」という大きな誤解

- 思考を消そうとしなくていい理由
- 「雲」や「字幕」としての思考の捉え方
- エゴを癒し、統合するという考え方
多くの人が「思考を止める=何も考えない真っ白な状態」を目指して挫折します。
しかし、それは自然な心の営みに「止まれ」と命令するようなもので、少し無理があります。
2-1. 思考は消さなくていい?「気づいて離れる」という新常識
思考は、空を流れる「雲」や、映画のスクリーンの下を流れる「字幕」のようなものです。
大切なのは、雲を消し去ることではなく、「あ、雲が流れているな」「字幕が出ているな」と眺めている「背景(空)」の視点に戻ることです。
補足:背景(空)の視点とは
物事をジャッジせず、ただ「起きている現象」として客観的に眺めている意識の状態を指します。
思考を無理に消そうとすると、意識は「消すべき対象」にさらにフォーカスしてしまい、逆説的に思考が強まってしまいます。
「消す」のではなく「気づいて、そっと離れる」だけで十分なのです。
2-2. 思考を悪者にせず、エゴという存在を癒し、統合する
スピリチュアルな視点で見れば、止まらない思考の多くは「エゴ」の働きです。
でも、エゴはあなたを傷つけたいわけではなく、あなたを守ろうとして必死に警告を鳴らしているだけ。
思考を「悪いもの」として敵視するのではなく、「教えてくれてありがとう。でも今は大丈夫だよ」と優しく声をかけるような感覚で接してみましょう。
そうして自分の中に統合していくことが「一体化を解く」第一歩になります。
第2章のポイント
「止めよう」とする抵抗を手放し、思考を優しく眺める姿勢を持つことで、心の静寂が訪れやすくなります。
3. 「自動思考」から離れる感覚的なアプローチ

- 左脳的なおしゃべりとエゴの関係
- 右脳的な感覚とハイヤーセルフの親和性
- 直感とエゴの声を見分けるヒント
「思考が止まらない状態」を、身体感覚や左右の脳の感覚的なバランスから捉え直してみると、解決の糸口が見えてきます。
3-1. 左脳的な感覚の「おしゃべり」に気づく
左脳的な感覚は、言葉を扱い、分析し、過去や未来を憂うのが得意です。
これが過剰になると、いわゆる「自動思考」が止まらなくなります。
筆者の感覚では、この左脳的なおしゃべりのモードは、スピリチュアルでいう「エゴの声」と非常によく似た性質を持っているように感じられます。
3-2. 右脳的な感覚へのシフトと、本来の自分(ハイヤーセルフ)
一方で、右脳的な感覚は「今、ここ」の体感や、全体のつながりを感じるモードです。
言葉を超えた深い安心感や、ふとしたインスピレーションが湧いてくるとき、私たちはこの感覚の中にいます。
断定はできませんが、筆者の感覚としては、この静かで豊かな右脳的な感覚こそが、ハイヤーセルフや「本来の自分(本質)」の視点に近いものではないかと感じています。

エゴの声は焦りや重さを伴いやすいですが、直感は静かな納得感があります。
この違いに気づくことが、自分を取り戻す鍵になります。
私の感覚では、来てもいない未来への不安や、過去への後悔を何度も繰り返す思考は、エゴによる自動思考にとても近いものだと感じています。
過去の私は、「私が」「私は」というエゴの思考を、完全に自分自身のものだと思い込んでいました。
ネドじゅんさん的な表現をお借りするなら、当時の私の左脳は栄養満点で、回路がこれでもかというほど太く育っていたのだと思います。
そのため、エゴの思考はとても主張が強く、いつでも私をいとも簡単に不安の渦へと引っ張っていきました。
「それはやめた方がいいんじゃない?」「危険じゃない?」「今のままでいた方が安全だよ」「こっちの方がいいよ」エゴは、まるですべてをわかっているかのように語りかけてきます。
そして、その声を「自分の考え」だと思い込んでいると、私たちは気づかないうちに、その思考にコントロールされてしまうのです。
けれど、エゴは本当の意味で、あなたがどの道へ進めば最高の幸せを感じられるのかを知っているわけではありません。
エゴの役割は、どちらかというと「危険を避けること」「現状を守ること」に近いのだと思います。
一方で、右脳的な感覚は、もっと直感的で、静かで、広がりのあるものだと私は感じています。
スピリチュアルな言葉で表現するなら、それはハイヤーセルフや本来の自分に近い感覚なのかもしれません。
ハイヤーセルフは、あなたが本当に幸せを感じる道、魂にとっての最高最善の流れを知っている存在です。
だからこそ、直感やひらめき、ふとしたメッセージのような形で、私たちに道を示してくれているのだと感じます。
ただ、エゴの思考と一体化していたり、他人軸になっていたりすると、その小さな直感を感じ取ることが難しくになってしまいます。
たとえば、「なんとかしなきゃ」と頭の中で必死に考えている時は、分析したり、まだ起きてもいないことを想像したりして、どんどん神経をすり減らしてしまいます。
一方で、直感はもっと自然体の時に訪れることが多いです。
ふっと力が抜けている時や、別のことをしている時に、突然ひらめきのように解決方法が浮かんだり、インスピレーションが湧いてきたりします。
そして、その直感には、どこか安心感があります。
「これでいい」「なんとなくしっくりくる」「理由はわからないけれど、こちらに進きたい」そんな静かな納得感のようなものがあるのです。
私の感覚では、エゴ的な思考は苦しさや焦り、重さを伴いやすく、直感的なひらめきは、静けさや安心感、広がりを伴うことが多いように感じています。
もちろん、左脳が悪くて右脳が良いということではありません。
どちらも私たちに必要な働きです。
ただ、左脳的な思考ばかりに飲み込まれている時は、一度そこから離れて、身体感覚や今ここに戻ってみる。
そうすることで、本来の自分やハイヤーセルフからの静かなサインにも、少しずつ気づきやすくなっていくのだと思います。
第3章のポイント
思考(左脳的)と感覚(右脳的な)の違いを体感で捉えることで、どちらのモードにいるか自分で選べるようになります。
4. 【実践】思考を止める訓練:一体化を解く4ステップ

- 思考との一体化を解くための具体的な手順
- 「今ここ」に戻るための感覚の使い方
- 呼吸法が合わない場合の対処法
では、具体的にどうすれば思考との一体化を解き、「本来の自分(本質)」へ戻れるのでしょうか。
日常生活の中で取り入れやすい4つのステップを紹介します。
4-1. ステップ1:湧いてきた思考にただ「気づく」
「あ、今私は不安なことを考えているな」「また過去の反省をしているな」と、客観的に気づくだけでOKです。
この瞬間、あなたは思考の渦中から一歩外へ出ています。
4-2. ステップ2:気づけた自分を肯定し「100の位置」に立つ
気づけた自分を「よく気づいたね!」と褒めてあげましょう。
スクリーンの映像に没入するのをやめて、客観的な映写室の位置(100の位置)に座り直すような感覚です。

外側の出来事に振り回されそうな時ほど、いったん内側に戻ることが大切です。
100の位置は、自分を落ち着いて見つめ直せる安心の場所なんです。
ここで大切なのは、外側で起きている出来事に意識を奪われ続けるのではなく、いったん内側に意識を戻すことです。
外側に意識が向いていると、誰かの言葉、目の前の出来事、まだ起きていない未来の不安に巻き込まれやすくなります。
すると、その出来事をきっかけに「ああなったらどうしよう」「私はどうすればいいの?」という自動思考が次々に生まれ、気づけば現実の渦の中に頭ごと入り込んでしまうのです。
でも、内側に意識を向けることができると、目の前の出来さを「ただ今、そういうことが起きている」と少し離れた場所から見ることができるようになります。
これは、現実から逃げるということではありません。
むしろ、現実に飲み込まれず、本来の自分の位置から落ち着いて見つめ直すということです。
100の位置とは、外側の出来事に振り回される場所ではなく、自分の内側に戻り、現実を静かに見つめる位置でもあるのだと私は感じています。
4-3. ステップ3:呼吸・足裏・音など「今ここ」の身体感覚へ戻る
思考は「過去」か「未来」にしか存在できません。
今この瞬間の「身体の感覚」に意識を向けると、思考は自然に勢いを失います。
- 足の裏: 地面と接している感覚、温度、重さを感じる。
- 手のひら: ジンジンする感覚や、触れているものの質感を感じる。
- 外の音: 遠くの車の音、鳥の声、空調の音を「ただ聞く」。
呼吸法が苦しく感じる方へ
「深く吸わなきゃ」と頑張りすぎると、逆効果になることがあります。
無理に呼吸をコントロールしようとしなくて大丈夫です。
呼吸法は、合う人にとってはとても良い方法ですが、人によっては逆に息苦しくなってしまうこともあると思います。
実は、私もその一人です。
深い呼吸や、エレベーター呼吸のように呼吸へ強く意識を向けるワークをしていると、だんだん息苦しくなり、ひどい時にはめまいのような感覚が出てしまうこともありました。
おそらく、必要以上に呼吸を深くしようとしてしまったり、もともと呼吸が浅めだったりする人は、呼吸に意識を向けすぎることで、かえって苦しくなる場合があるのだと思います。
ですので、「呼吸に意識を向けると苦しい」と感じる方は、無理に呼吸法を続けなくても大丈夫です。
思考を止める方法は、呼吸法だけではありません。
私の場合は、「100の位置に戻る」ことを意識したり、目を閉じて体のパーツごとの感覚に意識を向けたりする方が、呼吸法よりも自然に戻りやすいと感じています。
たとえば、足の裏が床に触れている感覚、手のひらの温度、肩の重さ、顔の力みなどを、ただ静かに感じてみるだけでも、意識は少しずつ「今ここ」に戻ってきます。
また、自分が心地よいと感じる環境を作ることも、とても大切です。
好きな香りをかぐ、好きな音楽を流す、温かい飲み物を飲む、好きなものに触れる。
そうした小さな心地よさに意識を向けるだけでも、頭の中で暴れていた思考から、少し距離を取ることができます。
大切なのは、「正しい方法をしなければ」と頑張ることではありません。
呼吸法が合わないなら、合わない自分を責めなくて大丈夫です。
あなたにとって自然に戻りやすい感覚、安心できる感覚を見つけていくことが、思考との一体化をゆるめる一番やさしい方法なのだと思います。
4-4. ステップ4:無理に止めようとしない「降参」の心地よさ
最後は「思考があってもいい」と諦めて、委ねてしまうことです。
止めようとする抵抗をやめたとき、皮肉にも思考は最も静かになります。
第4章のポイント
「正解」を求めるのではなく、自分に合う感覚を見つけることが、思考から離れる最短距離になります。
5. 思考の隙間に生まれる「本来の自分」とのつながり

- 思考の隙間に生まれる「余白」の価値
- コントロールを手放し、流れに乗る生き方
- 筆者の実体験:お手上げから始まった好転
思考が静かになると、そこに「余白」が生まれます。
その余白こそが、あなたが本来の自分(本質)とつながる場所です。
5-1. 直感を鍛えるコツは、思考のボリュームを下げること
思考というノイズが小さくなると、ハイヤーセルフや潜在意識からの小さな「直感」が聞こえやすくなります。
それは言葉ではなく、ふとした「予感」や「ワクワク」という体感としてやってきます。
たとえば、以前こんなことがありました。
朝、お茶の準備をしていた時、いつもマグカップを置く場所に一度置いたにもかかわらず、なぜかすぐにシンク横へ移動させたことがありました。
その時、「ここに置くと危ないかもしれない」と考えたわけではありません。
むしろ、何も考えていないのに、自然に体がそちらへ動いたような感覚でした。
そして「なんで今、ここに移動したんだろう」と思った直後、いつもマグカップを置いていた場所に、上から物がいくつか落ちてきたのです。
もしそのまま置いていたら、マグカップやお茶の準備一式が大変なことになっていたと思います。
この時、私は「直感には、あれこれ考える思考がない」と感じました。
「こうなったらどうしよう」「危ないかもしれない」と分析する前に、ただ自然に動いている。
こうした静かな感覚が、思考ではなく直感に近いものなのかもしれません。
5-2. 思考を手放した先にある「完璧な流れ」に任せる生き方
自分でコントロールしようとするのをやめると、人生の「流れ」がスムーズに回り始めます。
「私が何とかしなきゃ」というエゴの執着を手放し、大きな流れにサレンダー(降参)してみましょう。

自分で流れをせき止めていたことに気づいた時、心がふっと軽くなりました。
思考を緩めることは、人生の流れを再び動かすことでもあるんです。
私は以前、体を壊すまでは、ずっと「私がなんとかしなければ」と思って生きていました。
「私がどうにかしないと」「私がもっと頑張らないと」「私が現実を変えないと」そうやって、「私」というエゴの思考と完全に一体化し、なんとか現実をコントロールしようと必死になっていたのです。
でも、どれだけ頑張っても空回りばかりで、物事はなかなかうまく進みませんでした。
散々やり尽くした末に、ついには精神的にも身体的にも限界を迎え、「もうどうにもできない」「これ以上は無理」「もうあきらめよう」と、お手上げ状態になったことがあります。
その時の私は、すべてが最悪の状態のまま、ただ流されていくように感じていました。
けれど実際には、お手上げになった瞬間から、少しずつ苦しさから離れていき、穏やかな流れに戻っていくような感覚がありました。
今振り返ると、私はずっと川の流れに逆らい、岩にしがみつき、流されまいと必死に抗っていたのだと思います。
「どうにかコントロールしなければ」と強く握りしめていたせいで、かえって物事の流れを止めてしまっていたのです。
でも、もう無理だと手を離した瞬間に、止まったものが自然に流れ出したように感じました。
流れが止まっていたのではなく、私自身が流れをせき止めていたのだと、後になって気づきました。
自然の流れに任せること。身を委ねること。
そして、自分で流れをせき止めないこと。
それがどれほど大切なのかを、この経験を通して深く感じました。
思考を止める、というのもこれに少し似ているのかもしれません。
思考を力で止めようとするのではなく、「私がなんとかしなければ」という握りしめを少しずつゆるめていく。
その時、止まっていた流れが、また自然に動き出すのだと思います。
第5章のポイント
「自分で何とかしよう」という力を抜いたとき、本来の自分が望む最高の流れがやってきます。
まとめ:思考を消そうとしなくていい。何度でも本来の自分へ戻ろう
「思考を止める方法」とは、思考をゼロにする戦いではありません。
思考に巻き込まれている時、私たちの意識は外側の出来事に向きすぎているのかもしれません。
だからこそ、「思考を止めよう」と頑張るよりも、まずは内側に意識を戻してあげることが大切です。
外側で何が起きていても、内側に戻る場所がある。
そう思えるだけで、現実の出来事に飲み込まれる感覚は、少しずつ弱まっていきます。
「あ、また考えちゃってるな」と気づくたびに、優しく自分を身体感覚や「今ここ」に戻してあげる。
その繰り返しが、あなたと思考の間に少しずつ隙間を作ってくれます。
思考に巻き込まれているとき、私たちの意識は外側の出来事に向きすぎているのかもしれません。
だからこそ、「思考を止めよう」と頑張るよりも、まずは内側に意識を戻してあげることが大切です。
外側で何が起きていても、内側に戻る場所がある。
そう思えるだけで、現実の出来事に飲み込まれる感覚は、少しずつ弱まっていきます。
その静かな内側の場所こそが、あなたの「本質」であり、本来の自分へと通じる道なのだと私は感じています。
まずは今日、足の裏の感覚を10秒感じることから始めてみませんか?
FAQ:思考を止めるための疑問

思考はあなたを守ろうとしてくれていたパートナー。
否定せず、優しく本来の場所へ戻っていきましょう。
思考が止まらない自分を、責めなくて大丈夫です。
思考がたくさん湧いてくるということは、それだけあなたが一生懸命に生きてきたということでもあります。
不安にならないように、失敗しないように、傷つかないように、エゴはずっとあなたを守ろうとしてくれていたのだと思います。
でも、もうその思考を「自分そのもの」だと思い続けなくてもいいのです。
「あ、また考えているな」と気づいたら、何度でも戻ればいい。
呼吸でも、足裏の感覚でも、好きな香りでも、今ここにある小さな心地よさでも構いません。
思考を完全に消す必要はありません。
ただ、思考の中に頭ごと入り込んでいた自分に気づ、少しずつ本来の自分の場所へ戻っていけばいいのです。
あなたの中には、思考よりもずっと静かで、深くて、あたたかい場所があります。
そこが、あなたの本質です。
焦らず、何度でも、そこへ戻っていきましょう。
あなたはいつでも、本来の自分へ戻ることができます。
















