こんにちは。岸本葉織です。
心や体がそっと整うようなアートを描いています。

自分の活動を「スピリチュアルアート」と呼んでいますが、それは自分の内側の感覚に耳を澄ませ、本質の声に従って描くアートのことだと感じています。
木陰でひと息つくように、絵を通して、少しだけ自分に戻る時間が生まれ、違和感やズレに気づき、本質を思い出すきっかけになれたらと思っています。
「自分が本当にやりたいことを見つけなきゃ」
そう思えば思うほど、霧の中に迷い込んでしまうような感覚はありませんか?
世の中には、自己分析のワークや成功法則があふれています。
でも、論理的に答えを出そうとしても、どこか自分の中心からズレているような、借り物の言葉を並べているような……そんな違和感を抱えている方も多いはずです。
やりたいことがわからないのは、あなたが怠慢だからでも、才能がないからでもありません。
ただ、外側の情報が多すぎて、あなた自身の繊細な「感覚」が隠れてしまっているだけなのです。
この記事では、何かを探しに行く方法ではなく、今ここにある「感覚」に立ち戻ることで、自然と進むべき方向がにじみ出てくるプロセスを大切に伝えていきます。
読み終える頃には、焦りの波が少し静まり、自分の内側の静けさに触れやすくなるかもしれません。
もし今「自分を見失っている」と感じている方は、こちらの記事も参考にしてみてください。
なぜ「自分が本当にやりたいこと」が見つからないのか?

- 本当の望みが隠れてしまう「脳内洗濯機」の正体
- 「正解探し」があなたを迷わせる理由
- 「わからない」という空白が持つ大切な意味
やりたいことが見つからないとき、私たちの頭の中は「脳内洗濯機」が激しく回っているような状態です。
将来への不安、誰かと比較する声、世間的な正解……それらが混ざり合って、本当の望みが細かく砕かれ、泡の中に消えてしまっています。
頭の中の「洗濯機」が、心の声をかき消している
私たちが「考えよう」とすればするほど、思考の回転は速くなります。
しかし、激しく回る洗濯機の中にある服の柄が読み取れないように、思考が速すぎると心の繊細な模様は見えてきません。
まずは、その回転を止めること。静寂が訪れて初めて、沈んでいた大切なものが姿を現します。
正解という「既製品」を探してしまう罠
「やりたいこと」を、どこか外側に落ちている完成品のように思っていませんか?
ですが、それは買ってきた服のような「既製品」ではありません。
むしろ、自分という土壌からゆっくりと育つ植物や、少しずつ色を重ねていく絵画に近いものです。
最初から完璧な形を求めすぎると、未完成の「純粋な芽」を摘み取ってしまうことになります。
「わからない」という状態を怖がらなくていい理由
「わからない」という空白は、次に何かが生まれるための大切な「余白」です。
キャンバスが真っ白でなければ新しい絵が描けないように、あなたの人生にも真っ白な時期が必要です。
この空白を無理に埋めようとせず、ただ「今は真っ白な時期なんだな」と受け入れることが、最初の第一歩になります。
私は幼い頃からずっと絵を描いてきました。
でも、「これが自分のやりたいことだ」とはっきり言えるものはなくて、マンガ、マンガ系イラスト、動物系イラスト、CG、他のアート、手芸など、とにかく思いつく限り、いろいろなことに手を出してきました。
どれも楽しかったはずなのに、「これだ」と思えるところまではたどり着けなくて、私はいったい何が一番やりたいんだろう…と、どこか行き止まりのような感覚の中にいました。
当時の私は、
「どうしたら稼げるか」
「どうすれば人に認めてもらえるか」
「どうしたら良い評価をもらえるか」
そんな外側のことばかりを考えていて、自分の内側の感覚には、ほとんど意識を向けていませんでした。
だからこそ、何を選んでも、どこかしっくりこない感覚がずっとあったんだと思います。
そこから、さまざまな出来事を経て、少しずつ自分の感覚に意識を向けるようになっていきました。
「どう評価されるか」や「お金になるか」を一度横に置いて、その都度「私はどっちを選ぶと心地よい?楽しい?」と、自分に問いかけるようにしたんです。
すると、少しでも「楽しい」「心地よい」「しっくりくる」と感じる方を選び続けるうちに、道が自然と整っていきました。
そして気づいたときには、今のスピリチュアルアートや、感覚に気づくサポートという形につながっていました。
今では、「これは違う」「これはしっくりこない」といった感覚も、はっきりと感じられるようになっています。

かつての私は「外側」の評価ばかりを気にして、自分の内側が空っぽな感覚でした。
でも、「心地よさ」を基準に選び始めたことで、迷いという霧が少しずつ晴れていったんです。
考えすぎて頭の中がぐるぐるしてしまう状態については、こちらでも詳しく解説しています。
「見つける」のではなく「自然と浮かび上がってくる」のを待つ

- 無理に探すのをやめたときに訪れる「現像」のプロセス
- 頭(論理)ではなく体(感覚)で真実を捉える方法
- 「Being(在り方)」を整えることでアンテナを磨く
無理に答えを探しにいくのをやめてみると、不思議なことに、向こうから答えがやってくることがあります。
それは、暗室で写真が少しずつ現像されていくような、静かで確実なプロセスです。
思考のフレームワークを手放し、身体の感覚に意識を向ける
「好き×得意」といった頭で考える枠組みを一度横に置いてみましょう。
代わりに「それを考えているとき、体はどう感じているか?」に注目します。
胸がキュッとなるのか、それともふんわりと広がる感覚があるのか。
体は頭よりも先に、あなたにとっての真実を知っています。
身体感覚(フェルトセンス):言葉になる前の、なんとなく胸が詰まる、あるいは広がるような微かな感覚のこと。心理学の世界でも、自分の本当の気持ちに気づくための重要な鍵とされています。
キャンバスの余白にこそ、あなたの本音が隠れている
美しい絵画には、必ず絶妙な「余白」があります。
人生も同じです。
予定や思考で埋め尽くすのではなく、あえて「何もしない時間」という余白を作ってみてください。
その隙間に、ふとした瞬間の心地よさや、小さな「あ、これ好きかも」という感覚が滑り込んできます。
結果(Do)よりも、今の状態(Being)を整える
「何をするか」という行動に走る前に、「どう在るか」を整えましょう。
あなたがリラックスし、自分自身と仲良くできているとき、あなたの直感(アンテナ)は最も感度が高まります。
方向性を見つけるのは、そのアンテナが整ってからで十分間に合います。
やりたいことが見えてくるプロセスは、アートを描くときの感覚ととてもよく似ていると感じています。
私はいつも、アートを通してさまざまな学びを受け取っていますが、最近描いた「鳳凰」のアクリル画で、特に印象的な体験がありました。
その作品は、ほぼ完成というところまで来ていました。
でも、その状態を見たときに、はっきりとした違和感を感じたんです。
「このまま完成にしたら、きっと後悔する」
そう思いました。
いつもなら、「まあそこまでおかしくないし、これでいいか」と終わらせてしまいそうな場面でした。
でも今回は、その違和感を無視することができませんでした。
最初は少しだけ修正をしてみました。
それでも違和感はなかなか消えませんでした。
そして私は、思い切った決断をします。
違和感を感じている部分と、その周辺をすべて一度塗りつぶすこと。
正直、不安もありました。
「もしうまくいかなかったらどうしよう」
「今そこまで悪くないのに、余計におかしくならないだろうか」
そんな気持ちもありました。
それでも、違和感を残したまま進むことは私にとってどうしてもしっくりこなかったのです。
だからこそ、思い切って一度手放し、自分の感覚を信じて、もう一度描き直すことを選びました。
結果として、その作品はとても納得のいく仕上がりになりました。
この体験を通して感じたのは、「立て直しは中途半端な状態ではできない」ということです。
今の状態を守りながら、少しだけ変えようとするのではなく、一度手放し、しっかりと自分の感覚に従って進むこと。
その勇気があってはじめて、本当の意味で整っていくのだと感じました。
これは、やりたいことを見つけるプロセスにも、とてもよく似ています。
違和感があるのに見ないふりをしたり、「これくらいでいいか」と自分を納得させ続けていると、本当にやりたい方向にはなかなかたどり着けません。
でも、自分の感覚を信じて、ときには一度手放す勇気を持つことで、少しずつ本来の方向が見えてきます。
やりたいことは、無理に探しにいくものではなく、こうした感覚の積み重ねの中から、自然と浮かび上がってくるものなのだと思います。

描きかけの絵を塗りつぶすのは怖かったけれど、その「違和感」を信じたからこそ、本当の納得にたどり着けました。
人生も、中途半端な納得で塗り固めない勇気が大切ですね。
自分の感覚を取り戻し、「自分軸」で生きる感覚についてはこちらでも詳しく解説しています。
自分の「感覚」を呼び覚ますための、小さなしるべ

- 「小さな違和感」というコンパスの使い方
- 損得を超えた「共鳴(レゾナンス)」の捉え方
- 心の引き出しを「半開き」にしておく習慣
大きな目標を探すのではなく、日常の小さな断片に光を当ててみましょう。
それは、心の奥にある「引き出し」を整理するような作業です。
日常のなかに潜む「微かな違和感」を宝物にする
「本当はやりたくないけれど、断れない」「なんとなく気が乗らない」。
そんな小さな違和感を無視しないでください。
違和感は、あなたの本質が「そっちじゃないよ」と教えてくれているサインです。
違和感を「わがまま」だと思って抑え込まないでください。
それは自分勝手なのではなく、あなたの内側が「そっちではない」と教えてくれている大切なサインかもしれません。
損得ではなく、心が「共鳴(レゾナンス)」する瞬間を捉える
誰かに自慢できるか、お金になるか。
そんな「脳」の判断を止め、ただ心が震える瞬間を探します。
道端に咲く花の色、誰かの言葉、ふと目にした景色……。
理由はないけれど「いいな」と感じる。
その「共鳴」の積み重ねが、あなたの進むべき航路図になります。
心の奥にある「引き出し」を、そっと開けておく習慣
あなたの才能や望みは、心の「引き出し」に大切にしまわれています。
無理やりこじ開けるのではなく、いつでも出てこられるように、引き出しを少しだけ半開きにしておきましょう。
リラックスしているとき、その中からふとしたインスピレーションが顔を出します。
以前、個人セッションで仕事のご相談を受けたことがあります。
その方は、今の仕事は安定した収入があるけれど、本当にやりたい仕事ではない。
一方で、やりたいことはあるけれど、今の仕事を手放してそちらに進むのはハードルが高く、リスクも感じている。
そして何より、「まだ準備ができていない」とおっしゃっていました。
ただ同時に、「このまま今の仕事を続けていきたいわけではない」という気持ちも、はっきりと持っていらっしゃいました。
そのとき私は、答えを出そうとする前に、まず「感覚」に意識を向けてみることをお勧めしました。
どちらが正しいかではなく、どちらに少しでも惹かれるのか。
どちらを想像したときに、ほんの少しでも心が軽くなるのか。
実際にお話を聞いていくと、「準備ができていない」という言葉の奥には、不安や怖さがあることも多いと感じます。
そして「準備ができたらやる」という状態は、いつまでたっても「準備中」のまま動けないこともあります。
これは私自身も、同じように感じていた時期があったので、とてもよくわかる感覚でした。
その方もすぐに大きな決断をしたわけではありません。
ただ、自分の感覚に少しずつ意識を向けるようになり、日常の中で「どちらがしっくりくるか」を大切にするようになっていきました。
その積み重ねの中で、少しずつ「自分は本当はどちらに進みたいのか」が見えてきたそうです。
そして結果として、思い切って一歩を踏み出すタイミングが自然と訪れ、今は以前よりも充実した日々を過ごしていると話してくれました。
やりたいことは、無理に決断しようとしたときよりも、こうして感覚を大切にしている中で、少しずつ輪郭が見えてくるものなのだと思います。

「準備ができたら」と待っている間は、ずっと足踏みのまま。
でも「心が軽くなる方」という小さな灯火を頼りに進めば、進むべき道は自然と足元に現れます。
「まだ何も見えない時期」という、大切なプロセス

- 「停滞」ではなく「蓄積」であるということ
- 焦りを手放し、自分のリズムを取り戻す呼吸
- 明確なビジョンという呪縛からの解放
何も見えない時期は、停滞ではありません。
それは、深い土壌の中でエネルギーを蓄えている時期なのです。
種が土の中で芽吹く準備をする「静かな時間」
植物の種は、芽を出すまで土の中でじっとしています。
外からは何も変わっていないように見えますが、内側では命の爆発が準備されています。
この静かな時間を「何もしていない」と責める必要はありません。
焦りが生まれたとき、一度呼吸を整えて自分に戻る
周りがキラキラして見えたりすると焦りが生まれます。
そんなときは、一度深く呼吸をして、自分の体の重みを感じてみましょう。
「私は私のリズムでいい」と自分に語りかけるだけで、エネルギーの漏洩が止まり、内側に力が戻ってきます。
目標設定という名の「呪縛」から自分を解放する
「3年後の目標」といった言葉があなたを苦しめているなら、今はそれを捨ててしまいましょう。
霧の中を歩くときは、足元の一歩だけが見えていれば十分です。
その一歩を心地よく踏み出し続けることで、いつの間にか霧は晴れていきます。
もし今、「何も見えない」と感じていたとしても、それは決して間違いではありません。
むしろ、その静かな時間の中で、あなたの内側では、少しずつ何かが動き始めているのだと思います。
こうしてこの記事にたどり着いていることも、ほんのわずかでも「自分の感覚に触れたい」という気持ちが、どこかにあるからかもしれません。
自分の感覚に意識を向けてみると、すぐに答えが出るわけではなくても、少しずつ「なんとなく」の輪郭が見えてくることがあります。
はっきりしなくても大丈夫です。
言葉にならなくても大丈夫です。
その小さな感覚を、ただそのまま大切にしてあげてください。
あなたの中にある感覚は、誰かと比べるものではなく、あなたにとっての大切なサインです。
急がなくても大丈夫です。
立ち止まっても大丈夫です。
今のあなたのままで、ゆっくりと進んでいけばいいのだと思います。

何も見えない霧の中を歩くのは不安ですよね。
でも、その一歩一歩の感触を丁寧に味わうことが、実は目的地へたどり着く最短ルートだったりするのです。
感覚に従って生きる、人生という名のアート

- 誰かの正解ではなく、自分だけの「筆跡」を愛でる
- 些細な「やりたい」が大きな方向性へ育つ仕組み
- 「心地よさ」を一歩の基準にすることの力
人生は、誰かに見せるための展示品ではなく、あなた自身が筆を持って描き続けるライブ・ペインティングです。
誰かの成功法則ではなく、自分の筆跡を愛でる
他人の正解をなぞっても、あなたの心は満たされません。
たとえ不器用でも、あなただけの独特な筆跡(生き方)を肯定しましょう。
その筆跡が重なり、厚みが増したとき、それは唯一無二のアートになります。
小さな「やりたい」が、いつの間にか大きな方向性になる
「今日はあのカフェに行きたい」「この色の服を着たい」。
そんな些細な望みを叶えてあげてください。
自分との信頼関係が修復されると、次第に大きな「やりたい」が、確信を持って立ち上がってきます。
心地よさを基準に、一歩だけ踏み出してみる
大きな決断をしようと気負わず、今の自分が「ちょっと心地よい」と感じる方へ、小さな一歩を。
その積み重ねが、あなたを思いもよらない場所へと運んでくれます。
人生は、完成された作品を目指すものではなく、その瞬間ごとに描き続けていく「制作のプロセス」そのものなのだと感じています。
アートも同じで、最初から完璧な形が見えているわけではありません。
描きながら迷ったり、違和感を感じて立ち止まったり、ときには一度塗りつぶしてやり直したりしながら、少しずつ形になっていきます。
でも、その途中のすべてが無駄になることはありません。
むしろ、迷った時間や、うまくいかなかった過程があるからこそ、その作品にしか出せない深みが生まれていきます。
人生もそれと同じで、「正解にたどり着くこと」よりも、その過程の中で自分の感覚に触れていくことの方が、ずっと大切なのではないかと思います。
完璧な形を目指そうとすると、どうしても「間違えないこと」や「失敗しないこと」を優先してしまいます。
でも、アートが自由であるように、本来の人生ももっと自由であっていいはずです。
うまくいかない部分も、迷いながら進む時間も、すべてがあなたの表現の一部です。
そうやって一つひとつ積み重ねていく中で、あとから振り返ったときに、「ああ、これが自分の形だったんだ」と感じられるものが、自然と浮かび上がってくるのだと思います。

人生もアートも、描き損じなんて一つもありません。
迷いながら重ねたすべての色が、あなたの人生に深みと奥行きを与えてくれる大切なエッセンスになります。
【FAQ】よくある心の揺らぎ
Q:論理で考えられない自分は、甘えでしょうか?
A:いいえ。
むしろ自分の感覚を大切にできるのは、素晴らしい感性の持ち主である証拠です。
論理は「手段」にすぎず、あなたの人生の「目的(幸せ)」を決めるのは、常にあなたの感覚です。
Q:感覚で選んで失敗するのが怖いです。
A:感覚で選んだことに「失敗」はありません。
それは「あ、これは違ったんだな」という大切なデータになります。
その経験さえも、あなたの人生というアートの深みになります。
「失敗したくない」という思いが強すぎると、心は硬直してしまいます。失敗ではなく「自分に合わないものを一つ発見した」と、軽やかに捉えてみてくださいね。
Q:周りのスピードに置いていかれる気がして焦ります。
A:花にはそれぞれの開花時期があります。
早咲きの花もあれば、冬を越して大輪を咲かせる花もあります。
あなたの「感覚」という季節を信頼してください。
まとめ:あなたはもう、その答えを「知っている」
「本当にやりたいこと」は、どこか遠くへ探しに行くものではなく、あなたが自分自身の感覚を愛し、余白を許したときに、内側から静かに、そして力強く浮かび上がってくるものです。
今はまだ、輪郭がぼやけていても大丈夫。
そのぼやけたグラデーションさえも、今のあなたにしか描けない美しい景色なのですから。
まずは今日、一回だけ深く呼吸をして、自分の内側の「心地よさ」を優先してみてください。
答えは、すでにあなたの中に息づいています。
実際に、私のもとに来てくださる方の中にも、同じように「自分がわからない」「やりたいことが見えない」と感じている方はとても多いです。
最初は、
「何も感じられない気がする」
「自分の感覚がよくわからない」
と話されることも少なくありません。
でも、少しずつ自分の感覚に意識を向けていく中で、
「なんとなく、こっちの方がいい気がする」
「前よりも、自分の気持ちに気づけるようになってきた」
そんな小さな変化を感じ始める方が増えていきます。
中には、
「はっきりした答えはまだわからないけれど、前よりも焦らなくなった」
とおっしゃる方もいます。
大きく何かが変わったわけではなくても、その「少し楽になった感覚」こそが、本来の自分に戻っていくプロセスの一部なのだと思います。
もし今、同じように迷っているとしても、それはあなただけではありません。
同じように立ち止まりながら、少しずつ自分の感覚を取り戻している人は、たくさんいます。
次は、見えてきた「小さな芽」をどう育てるか、そのお話をしましょうか。
自分の感覚を取り戻し、本来の自分に戻っていくプロセスについてはこちらも参考になります。













