こんにちは。岸本葉織です。
見るたびに心が整い、自分らしさを思い出せるようなアートを描いています。

私にとってスピリチュアルアートとは、自分の内側の感覚に耳を澄ませ、本質の声に従って描く作品です。
そうして生まれた作品は、ズレや違和感に気づき、内面を整え、自分らしさを思い出していく力を持つものだと感じています。
「エゴを手放さなきゃ」
「エゴがあるから私は目醒められないんだ……」
スピリチュアルを学んでいると、そんな風に自分を責めてしまうことはありませんか?
多くのメディアでは「エゴ=自己中心的で悪いもの」と語られがちですが、実はその解釈があなたを苦しめる原因かもしれません。
エゴとは、決してあなたの敵ではなく、この三次元の世界を体験するために寄り添ってくれた「大切なパートナー」なのです。
この記事では、エゴの本当の正体や、スピリチュアル界で言われる「エゴを手放す」の真意を詳しく解説します。
エゴを消すのではなく、エゴと仲直りをして、本来の自分(ハイヤーセルフ)の主導権を取り戻す道を見つけていきましょう。
この記事を読み終える頃には、あなたは自分の中のエゴを愛おしく感じ、もっと軽やかな足取りで人生を歩めるようになっているはずです。
エゴとは?一般的な定義とスピリチュアル的な捉え方の違い

- 心理学的な「エゴ」とスピリチュアルな「エゴ」の違い
- エゴは私たちがこの世界を体験するための「スーツ」のようなもの
- エゴが悪者ではない理由
「エゴ」という言葉は、使う場面によってその意味合いが大きく異なります。
まずは、私たちが普段使っている意味と、魂の視点から見た意味を整理してみましょう。
心理学や日常で使われる「エゴ」の一般的な意味
一般的に「エゴ」というと、わがままや自己中心的という意味の「エゴイスト」を連想する方が多いかもしれません。
心理学の世界(フロイトの提唱など)では、私たちの意識における「自我」を指します。
日常的な文脈では、「承認欲求が強くて自分勝手な振る舞い」を「エゴが強い」と表現することが多いですが、これらはエゴの「防衛反応」の一側面を見ているに過ぎません。
心理学における「エゴ」
フロイトの精神分析では、本能的な欲求(イド)と社会的な良心(超自我)の間を調整し、現実社会に適応させる役割を「エゴ(自我)」と呼びます。
スピリチュアルな視点で見る「エゴ」の本質的な正体
スピリチュアルな視点で見ると、エゴとは「分離の意識」そのものです。
私たちは元々、すべてと繋がった一つのエネルギー(ワンネス)ですが、この地球という物質次元で「個別の人間」としてドラマを体験するために、あえて自分を切り離す「フィルター」が必要でした。
つまり、エゴとはあなたがこの世界で「私という個人」を演じるための衣装や、サバイバルスーツのようなものなのです。
私も以前は、「エゴは悪者」だと思っていた時期がありました。
けれど、並木良和さんのお話を通して、エゴは物質次元を体験するために欠かせない存在なのだと知りました。
エゴは、敵でも悪者でもありません。ただ、眠りの体験を続けるために、その役割を一生懸命果たしてきただけなのです。
私たちが物質次元を体験したくて、エゴに
「目醒めそうになったら絶対に止めてね!」
とお願いし、目醒めの方向に行きそうになると必死で押さえてくれていたのです。
だから、目醒めの方向へ進もうとした時、エゴは「そっちへ行かない方がいい」「危ないかもしれない」と、必死にブレーキをかけてくる。
それはエゴが悪いからではなく、これまで担ってきた役割を一生懸命果たしているだけなのだと感じます。
その視点を知った時、私は「エゴと戦う必要はなかったんだ」と、深いところで腑に落ちました。

エゴは私たちを「目醒めさせない」という役割を、忠実に果たしてくれていただけなんですね。そう思うと、少し愛おしく思えてきませんか?
この「眠りの体験」や、地球に降り立つために重たい周波数をまとってきたという視点については、こちらの記事でも絵本のようなイメージで詳しく解説しています。
あわせて読みたい:統合ワーク上級編|地球での眠りの体験と目醒めのプロセス
エゴは悪ではない?消そうとするほど苦しくなる理由

- エゴの役割は「ブレーキ」であること
- エゴは幸せの道(目醒めの道)は知らないという事実
- 変化を止めるのはエゴなりの「愛」の裏返し
スピリチュアルを学ぶ多くの人が陥る罠が、「エゴを消そうとする」ことです。
しかし、エゴを悪者にすればするほど、内側の葛藤は強まり、現実が苦しくなってしまいます。
三次元の世界、眠りの体験をするために必要だった「役割」
エゴは、あなたの人生を創っている存在ではありません。
けれど、あなたが変わろうとした時、目醒めようとした時に、
「待って、それは危ないかもしれない」
とブレーキをかける役割を持っています。
それは、エゴが悪いからではなく、これまであなたを守るために覚えてきた反応を繰り返しているだけです。
エゴは、本当の幸せの道を知っているわけではありません。
だからこそ、エゴの声を絶対的な正解にするのではなく、「そう感じているんだね」と受け止めたうえで、本来の自分の感覚へ主導権を戻していくことが大切です。
エゴは「幸せになる道」を知っているわけではない
ここで理解しておきたいのは、エゴは「あなたを守ること」のプロではあっても、「あなたを本当の幸せ(覚醒)へ導く方法」は知らないということです。
エゴの知識は過去のデータに基づいた「生存戦略」に限定されているため、未知の幸せや魂の望みについては理解が及びません。
なぜ変化や目醒めを「危ない」と引き止めようとするのか
あなたが本来の自分に戻ろうとしたり、大きな変化を起こそうとすると、エゴは「やめた方がいい!」「そっちは危険だ!」と必死にブレーキをかけます。
これは意地悪で止めているのではありません。
エゴにとって「今のまま(眠りの状態)」でいることが最も安全だとプログラミングされているからです。
変化を止めようとするのは、エゴがあなたを守ろうとする「愛」の裏返しでもあります。
私が何か新しいことを始めようとすると、エゴはよく「やめたほうがいいよ」「失敗するかもしれないよ」「今のままのほうが安心じゃない?」と、不安の声を投げかけてきました。
昔の私は、その声をそのまま自分の本音だと思い込んでいました。
「そうだよね。失敗したらショックだし、傷つくかもしれないし、やっぱりやめておこう」
そんなふうに、まだ起きてもいない不安に飲み込まれて、挑戦する前から諦めてしまうことも多かったのです。
けれど、エゴの正体を知ってからは、その声への向き合い方が変わりました。
「やめたほうがいいよ」「怖いことになるよ」という思考が湧いてきても、私はそれを無理に消そうとはしません。
ただ、「そっか、怖いんだね。でも大丈夫だよ。私はもう眠りの体験を終わりにして、目醒めることに決めたんだよ。だから、もう引き止めなくていいんだよ。一緒に行こうね」と、優しく声をかけるようにしました。
最初のうちは、それでもエゴの声は何度も出てきました。
けれど、責めたり戦ったりせずに、何度も安心させるように声をかけていくうちに、以前ほど大きく騒がなくなっていったのです。
並木良和さんも、エゴは「捨てられる」「消される」と感じて怖がる、というお話をされていました。
だからこそ、「あなたを消すんじゃないよ。一緒に行くんだよ」と伝えてあげることが大切なのだと思います。

無理に消そうとしなくていいんです。「一緒に行こうね」という優しい声かけが、エゴの緊張を一番に解いてくれます。
あなたを縛るエゴの正体|プライド、承認欲求、自己防衛の関係
エゴは時として、「プライド」や「承認欲求」という形をとって現れます。
これらもすべて、根源にあるのは「自分を守りたい」という健気な防衛本能です。
「正しくありたい」「認められたい」という心の防衛反応
「私は正しい」「あの人は間違っている」とジャッジしたくなる時、それはエゴが自分の価値を証明しようと必死になっているサインです。
誰かに認められたいという欲求も、分離の不安から「自分の居場所を確保したい」というエゴの防衛反応なのです。
失敗を恐れるプライドも、実は自分を守るための健気な姿
「失敗して恥をかきたくない」というプライドは、傷つくことからあなたを遠ざけようとしています。エゴにとって、評価が下がることは「死」に等しい恐怖だからです。
そう考えると、あなたのプライドも、実は傷だらけになりながらあなたを守ってきた盾のように見えてきませんか?
ここで少し補足しておきたいのは、「プライドを手放す」とは、自分を大切にする気持ちまで捨てることではない、ということです。
私がここで手放すものとして見ているプライドは、「認められたい」「負けたくない」「間違っていると思われたくない」「下に見られたくない」といった、外側の評価によって自分の価値を守ろうとするエゴ的なプライドです。
一方で、自分を雑に扱わないこと、自分の感覚を大切にすること、自分の魂の道を信頼することは、手放すものではありません。
それは、誰かより上に立とうとするプライドではなく、本来の自分に一致した静かな自尊心です。
エゴ的なプライドは、外側から自分の価値を守ろうとします。
でも、本来の自尊心は、外側に証明しなくても「私は私でいい」と内側で静かに立っている感覚です。
だから、プライドを手放すとは、自分を低くすることではありません。
むしろ、評価されるための鎧を脱いで、本来の自分の尊さを思い出していくことなのだと思います。
プライドについては、単なる傲慢さではなく「認められたい」「正しくありたい」という繊細な防衛反応として、こちらの記事で詳しく書いています。
プライドの混同に注意
「エゴ的なプライド(他者比較)」と「本来の自尊心(自己受容)」を混同して、自分を卑下する必要はありません。手放すのはあくまで前者(エゴ的な鎧)だけです。
誤解していませんか?エゴを「手放す」ことの本当の意味

- 手放す=抹殺することではない
- 人生のハンドル(主導権)を本来の自分へ明け渡す
- エゴと同じ土俵で戦うのをやめる
多くの人が「エゴを手放す」を「エゴを抹殺する」ことだと誤解しています。
しかし、その戦いこそがエゴを強化してしまいます。
「消去」ではなく「主導権を本来の自分に戻す」こと
エゴを手放すとは、エゴを消すことではありません。
これまでエゴが握っていた人生のハンドル(主導権)を、本来の自分(ハイヤーセルフ)に明け渡すことを指します。
「エゴの声は聞こえるけれど、それに従うかどうかは私が決める」というスタンスに変わることが、本当の意味での手放しです。
エゴと戦うのをやめ、不毛な対立から抜け出す視点
エゴと対立している間、あなたはまだエゴと同じ土俵にいます。
エゴを「ああ、また守ろうとしてくれてるんだね」と高い視点から眺められるようになった時、あなたはすでにエゴの支配から抜けています。
エゴを敵にせず、癒して説得する|本来の自分へ戻る3つのステップ
では、具体的にどうすればエゴと仲直りし、主導権を取り戻せるのでしょうか。3つのステップで進めていきましょう。
- 気づく:エゴの懸命な働きを認める
- 癒す:不安なエゴを安心させてあげる
- 説得する:ハイヤーセルフの視点を伝える
ステップ1:エゴの存在に気づき、その懸命な働きを認める
モヤモヤしたり、不安になったりした時は「あ、今エゴが騒いでいるな」と気づくだけで十分です。
そして「今まで私を守ってくれてありがとう」と、その働きを認めてあげてください。
ステップ2:不安がるエゴを癒し、安心させてあげる
エゴが騒ぐのは、変化が怖いからです。
小さな子供をあやすように、「大丈夫だよ、死なないからね」「一緒に新しい世界を見に行こう」と自分自身を癒してあげましょう。
ステップ3:ハイヤーセルフ、本来の自分の感覚でエゴを説得する
最後に、ハイヤーセルフの視点(愛と調和の視点)から、「今回の挑戦は私の魂が望んでいることなんだ。だから安心して見守っていてね」とエゴに優しく言い聞かせます。
私がエゴを意識し始めてから、しばらくの間、エゴに何度も語りかけるようにしていました。
けれど、最初からすんなり聞き入れてくれたわけではありません。
それまでの私は、完全にエゴに主導権を渡していたような状態でした。
「私がなんとかしなきゃ」
「私がちゃんとしなきゃ」
「このまま変わらないほうが安全だよ」
そんな声にずっと従ってきたので、急に「もう本来の自分に戻る」と決めても、エゴはなかなか納得してくれなかったのだと思います。
ある時、私は「変わりたい」と強く思いながらも、不安や恐怖を抱えたまま前に進もうとしていました。
すると、自分の内側からふと、
「どうせ変われないよ」
という声のようなものが響いたことがありました。
それは、普段の思考とは少し違うようにも感じました。
でも、外側から聞こえた声ではなく、自分の奥に染みついていた恐れが浮かび上がってきたような感覚でした。
その時、私は「エゴを説得するというのは、頭で一度言えば終わるような簡単なものではないんだ」と感じました。
長い間、自分を守ろうとしてきたエゴにとっては、変わることそのものが怖かったのだと思います。
だからこそ私は、エゴを責めるのではなく、小さな子どもに話しかけるように、
「怖いんだね」
「でも大丈夫だよ」
「私はもう目醒める方へ進むと決めたよ」
「あなたを消すわけじゃないよ。一緒に行こうね」
と、何度も何度も伝えるようにしました。
すぐに大きな変化が起きたわけではありません。
けれど、ワークを続けたり、自分の内側に意識を戻したりしていくうちに、少しずつエゴの抵抗がやわらいでいくように感じました。
以前なら、不安が出るとすぐにその声に飲み込まれていました。
でも今は、
「あ、エゴが怖がっているんだな」
と気づけるようになり、そのたびに本来の自分の位置へ戻ることができるようになってきました。
現実がスムーズに動き始めたというのは、何か劇的な出来事が起きたというより、まず自分の内側の抵抗が少しずつほどけていったということです。
エゴを敵にして戦うのをやめた時、内側のエネルギーが分裂せず、ひとつの方向へ流れ始める。
その感覚が、私にとってはとても大きな変化でした。
以前なら「やめた方がいい」と思って止めていたことも、今は「怖いけど、私はどうしたい?」と自分に聞けるようになりました。
エゴに主導権を渡し続けるのではなく、本来の自分の位置へ戻る感覚については、100の位置の記事でも詳しく解説しています。
本来の自分が主導権を取り戻したとき、人生はどう変わるのか

主導権がエゴから本来の自分へとシフトすると、あなたの世界の見え方は劇的に変わります。
ハイヤーセルフと繋がることで訪れる静かな安心感と信頼
何かが起きても起きなくても「私は大丈夫だ」という、根源的な安心感がベースになります。
外側の評価に一喜一憂していたエゴの荒波が静まり、内側から湧き出る直感に従って動けるようになります。
エゴが安心し、本来の自分の流れを邪魔しなくなる感覚
面白いことに、癒されたエゴは次第に暴走をやめ、あなたの直感を実行に移すための「有能な実務担当者」へと変わっていきます。
エゴとハイヤーセルフが協力体制に入った時、あなたの現実は驚くほどスムーズに加速し始めます。

エゴと本来の自分が手を取り合うと、人生のスピード感がまるで変わります。
今まで一人で必死に漕いでいた船に、エンジンがつくような感覚です。
【Q&A】エゴに関するよくある質問
エゴを完全に消すことはできるの?
肉体を持って生きている限り、エゴをゼロにすることはできません。
エゴはこの世界を認識するための「レンズ」でもあるからです。
消そうとするのではなく、良きパートナーとして「使いこなす」意識を持つことが大切です。
エゴが強いと言われて傷ついたときはどうすればいい?
そう言われると悲しくなりますが、「それだけ自分を必死に守ろうとしてきたんだね」と自分を抱きしめてあげてください。
相手の言葉を真に受ける必要はありません。
あなたが自分を認めれば、自然と周囲からの反応も変わっていきます。
エゴと魂の声を見分けるポイントは?
一般的に、エゴの声は「〜すべき」「〜しないと大変なことになる」という焦りや恐れがベースです。
対して魂の声(ハイヤーセルフの直感)は、静かで、ワクワクするような、あるいは淡々とした「知っている」という感覚に近いものです。
まとめ|エゴと仲直りして、本来のあなたで軽やかに生きよう
- エゴは悪ではなく、三次元の体験に必要な役割だった
- 手放すとは、消すことではなく「主導権を本来の自分へ戻す」こと
- 戦うのではなく、癒し、説得することで最強の味方になる
いかがでしたでしょうか。
エゴとは、あなたを苦しめる敵ではなく、不器用ながらもあなたを必死に守ろうとしてきた、健気な防衛システムです。
今日から、自分の中のエゴが騒ぎ出したら「よしよし、守ってくれてありがとうね」と声をかけてみてください。
その一歩が、あなたが本来の自分として輝き、ハッピーな現実を創造していく大きな転換点になるはずです。
エゴが出てくるたびに、「またダメだ」と責める必要はありません。
それは、あなたを目醒めさせないように、そしてこれまで通り安全な場所に留めようとしてきた、エゴなりの役割だったのだと思います。
でも、もうあなたは気づき始めています。
本当の自分は、恐れに従って小さく生きる存在ではなく、もっと自由に、軽やかに、自分の感覚を信頼して生きていける存在です。
だから、エゴが不安を訴えてきたら、無理に消そうとするのではなく、そっと声をかけてあげてください。
「怖かったんだね。でも、もう大丈夫。一緒に本来の自分へ戻っていこう」
エゴと戦うのをやめたとき、あなたの内側のエネルギーは、本来進みたい方向へ流れ始めます。
この記事をここまで読んでいるあなたは、もうすでにその道を歩き始めています。
少しずつで大丈夫です。
本来のあなたへ戻る旅を、どうか焦らず、やさしく進んでいきましょう。













